香取海を巡る神々 12.香取神宮① 訪問記

「鹿島神宮」「息栖神社」と廻ってきたが、東国三社巡り最後の「香取神宮」を訪れる。すでに「千葉県ぐるっとウォーキング第 20 回」で書いているが、別立てのブログなので「神宮」のところのみここに取り出しておきたい。

 全体の位置は前回の「息栖神社」で示した。「香取神宮」は「息栖」の真西にあり、「鹿島跡宮」に対しては南西に位置している。つまり、この三社を結ぶと直角二等辺三角形となる様に人為的に配置されているのだ。香取海の地図だが、従来は汀線を標高 5 m としていたが、もう少し入江が中まで入りこんでいたと考えて標高 7 m としてみた。すると、香取神宮の東側に入江が現れる。船をどこに着けるか? うってつけの場所がある。「奥宮」から北へ向かう道が東西に食い込んだ入江と出会う場所があるのだ(図12-1)。私はここが古代の舟付場で、この道を歩いて神宮に向かったのではないかと推測すしている。「一の鳥居」だが、現在の位置は古代には海の中なので、もう少し内陸にあったとも考えられるが、一方、今の位置は、「一の鳥居」「神道山古墳」「本殿」が一直線上に並ぶので、船でくるときの目印としてはちょうど良いとも考えられる。

図12-1 香取神宮位置図(汀線 標高7m)

「香取神宮」の配置図を図 12-2 に示す。「佐原」へ繋がる県道 55 号線ができて、参道が移動したようだ。古い参道は先ほどの「舟付場」から「奥宮」へと向かう道と交差する。旧参道に入れば「楼門」の前に出る。この配置図から考えると、古くは「奥宮」が本殿だったのではないかと思う。

図12-2 香取神宮配置図

 それでは、現在の拝観ルートに従って歩いてみよう。「参道商店街」を抜けると「赤鳥居」の前に出る。右側に立派な碑が立っている。

写真1 赤鳥居

 鳥居をくぐって参道にはいる。木立に囲まれた中を歩く。両側に燈籠が並んでいる。道幅は「鹿島神宮」ほど広くない。巨大な「石の鳥居」の前に出る。その先の階段を上ると朱塗りの「総門」がある。

写真2 表参道
写真3 石の鳥居と総門

 「総門」からセンターをちょっと外して「楼門」が造られている。これは立派な建物である。元禄 13 年(1700 年)に徳川幕府が造営したもので、屋根は現在は入母屋造銅板葺だが、当初は「とち葺」だったとのことである。

写真4 楼門

 「拝殿」は「楼門」と同じく、元禄 13 年 徳川幕府の手によって造営された。その前の慶長年間の造営で用いた桃山様式を元禄の造営時にも取り入れているとのことである。「本殿の様式は正面柱間三間の流造に後庇を加えた両流造り、現在屋根は桧皮葺ですが、もとは柿葺でした。規模も大きく、また建築様式も近世前期の正統的な手法を用いており、全国的に見てもこの時期の神社建築を代表する建物です。(昭和 52 年重文指定)」と香取神宮の HP に説明がある。屋根が美しく流れる様に反っていて(流造)、壮麗な中にしなやかな美しさを感じる。

写真5 拝殿

 裏に回ると本殿を見ることができる。屋根の上の × になっている「千木(ちぎ)」は「外削ぎ」なので男の神様だ。

写真6 本殿

「総門」の前の道を西に進むと「旧参道」となり、その中程に「奥宮」がある。現在の社殿は、昭和 48 年伊勢神宮御遷宮の折の古材によるものだそうだ。さらに進むと「参道商店街」のところに戻る。

写真7 奥宮

 全体的な印象は「鹿島神宮」とかなり違っている。「鹿島神宮」は荒々しいが、「香取神宮」は優美さを感じる。現在の建物はどちらも江戸時代のものだから、当時の建築様式の違いでそう感じるのかもしれないが、その場合でも古来からの雰囲気は受け継がれている筈だ。「本殿」は南向き、「奥宮」は「鹿島神宮」の「本殿」と同様北を向いている。なお、鹿島の「奥宮」は北向き、「跡宮」は南向きである。

 さて、ご祭神はというと、「経津主大神(フツヌシノオオカミ)」又の名を「伊波比主命(イワイヌシノミコト)」となっている。「フツヌシ」はすでに見たように、「鹿島神宮」に祀られている「タケミカズチ」とともに、「国譲り神話」において「大国主」に「葦原中国(アシハラナカツクニ)」をよこせと交渉した神であり、その結果「天孫降臨神話」に繋がっていく「建国」の立役者である。そのため「古くから国家鎮護の神として皇室からの御崇敬が最も篤く、特に『神宮』の御称号(明治以前には伊勢・香取・鹿島のみ)を以て奉祀されており、中世以降は下総国の一宮、明治以後の社格制では官幣大社に列し、昭和 17 年、勅祭社に治定され今日に至っています。(香取神宮 HP)」となるのである。また、「奥宮」には「経津主大神」の荒御魂を祀っている。

 「フツヌシ」はわかる。「フツ」は物を断ち切る擬態語なので「刀剣の神」ということになる。だが、「イワイヌシ」とななんだろうか? それがどうして「フツヌシ」の別名になるのであろうか? いよいよミステリーの始まりである。

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