鉄に魅せられた神々 3.「常陸国風土記」に見える鹿島の鉄の検討② 製鉄プロセス

 鹿島に住友金属工業(現日本製鉄)の製鉄所が出来たのは 1968 年のことである。私はこの製鉄所の「高炉」を見たことがある。1975 年のことで、操業開始から 7 年目、当時最新鋭の製鉄所だった。私は工学部応用化学科の 3 年生で、この年次の学生が行くことになっている工場見学旅行の行き先がこの年は関東方面になっていて、見学コースの一つに「鹿島臨海コンビーナート」が設定されていたのだった。化学工場もいろいろ回ったのだろうが、記憶に残っているのはこの高炉の見学だ。ちょうど出銑の最中で、高炉から溶けた鉄が火花を散らしながら樋を流れていく。耐火服にメガネ・マスクを掛けた作業者がそれを操る。とてもダイナミックな光景が目の前で繰り広げられていた。その後、私は化学会社を経て製鉄会社に入社することになり、2000 年頃に高炉樋用の耐火物の研究をすることになったのだが、その時点の高炉は工場見学で見たのとは大違いで、樋にはカバーが掛けられていて、溶けた鉄を見ることができず、作業員もほとんどいない、それはもう綺麗な工場に変身していたのである。

 さて、前置きがかなり長くなったが、現在、鉄鉱石から鉄を造っているのがこの「高炉」である。「日本鉄鋼連盟」のホームページにはつぎのように書かれている。

「鉄鉱石から銑鉄(せんてつ)を作り出すのが高炉(こうろ)=溶鉱炉(ようこうろ)です。製鉄所のシンボルである高炉は大型化が著しく進展し、日本では高さ 100 m 以上、内容積 5,000 m3 以上の世界最大級の設備が主流です。」

図1.高炉 (出典:JFE21世紀財団ホームページ)

 「高炉」という名前の通り、非常に高さのある縦長の炉である。製鉄プロセスについてはつぎのように説明されている。

「鉄鉱石から鉄分を取り出すには酸素を除去(還元)する必要があります。そのための還元材として使われるのがコークスです。高炉の真ん中に炉心コークスと呼ばれるコークスの山があり、周囲には炉頂から装入された鉄鉱石とコークスが交互に積み重なっています。コークスは炉の下から吹き込まれる熱風や酸素と反応して一酸化炭素や水素などのガス(還元ガス)を発生します。この熱いガスは激しい上昇気流となって炉内を吹きのぼり、鉄鉱石を溶かしながら酸素を奪います(間接還元)。溶けた鉄は豪雨のように流れ落ち、コークスの炭素と接触することでさらに還元(直接還元)され、炉底の湯溜り部にたまります。」

 近代製鉄法では上記の様に「高炉」において、石炭を高温乾留して得られるコークスから発生する CO を主とする還元ガスによって鉄鉱石を還元する。ここで得られる鉄は炭素を多く含む「銑鉄」である。高炉から出た熔けた銑鉄は高炉樋装置で熔融スラグと比重分離され、つぎの「転炉」で酸素を吹き込み脱炭されて「鋼(はがね)」となる。鉄というと硬いというイメージがあるが、この硬い鉄は実は「鋼」で、これは炭素との合金である。鉄の含有量によって硬さが変わり、炭素が増えると「硬く」なるが同時に「もろく」なる(靱性が失われる)。また、炭素が増えるほど融点は下がる。熔けた銑鉄を型に流しこんで冷却したものが鋳鉄(鋳物)である。

種類純鉄・錬鉄銑鉄(鋳鉄)
炭素含有量<0.02%0.02~2.14%>2.14%
性質軟らかい     炭素の含有量が高いほ
ど硬くなるが、同時に
もろくなる
固くてさびにくいが
もろい
溶融温度1500℃1200~1500℃1200℃
表1 炭素含有量と鉄・鋼の性質

 このようにまず「銑鉄」を作り、そこから「脱炭」して鋼を作るという二段階の製鉄法を「間接製鉄法」と呼ぶ。これに対して、「銑鉄」を経ないで「鋼」や「錬鉄」を作る製法が「直接製鉄法」である。さきほどの製鉄プロセスの説明で「直接還元」「間接還元」が出て来たが、これと混同しないように。この場合は原料の還元剤が炭素なので、「直接還元」とは炭素で還元することであり、「間接還元」とは炭素から中間的にCOを作り、それを使って還元するという意味である。だから、今はやりの「水素還元」は、原料が水素ガスだから「直接還元」ということなるのである。

 得られた「銑鉄」を鋳造して鋼片とし、更に加熱・圧延して所要の形状・性状を持つ「鋼材」へと変化させる。この工程では金属組織が変化し、それに伴い鋼材の性質も変化する。現代はロールを用いて連続的に行われているが、昔はいわゆる「村の鍛冶屋」の歌のように、ハンマーで赤熱した金属片を叩いて変形させる「鍛造」によって行われていた。叩くことで結晶構造を変化させて材質を改善することを「鍛錬」と呼んでいる。

 以上が「鉄」「鋼」を造る方法の概説であるが、では「常陸国風土記」に見える鹿島の鉄はどのようにして造られていたのだろうか? その話の前に、古代における製鉄法と日本における導入時期、さらに中国や朝鮮との関係についても知っておく必要がある。これについては、次回に述べることにしよう。

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