2023-08-27

第一集 香取海を巡る神々

香取海を巡る神々 6.鹿島神宮④ 中臣氏の謎

最後に「なぜ鹿島神宮と中臣氏が結びついたのか?」について考えよう。もういちど、「常陸国風土記」の 649 年の「神郡」設置の記述に戻る。大乙上中臣□子・大乙下中臣部兎子等が、総領高向の大夫(まえつぎみ)に願い出て、下総の国の海上(うなかみ)...
豆知識

豆知識4 ヤマト王権の地方経営

ヤマト王権の地方経営制度の変遷4 ~ 5 世紀、各地に有力豪族が生まれ、ヤマト王権と結びつく豪族も相当数あった。それぞれが自分の勢力の及ぶ地域の「国主(クニヌシ)」だった。「大国主」はたくさんの国をたばねた存在「オオ・クニヌシ」というわけだ...
豆知識

豆知識3 氏姓制度

ヤマト王権はさまざまな豪族が集まり、のちに「天皇」と呼ばれる大王を中心に形成された連合組織のようなものであったと考えられる。 中央の組織が上手く機能するように、さらに地方の豪族を含めて支配が円滑に進むように、5 ~ 6 世紀にかけてつくり上...
第一集 香取海を巡る神々

香取海を巡る神々 5.鹿島神宮③ 神宮設置の目的

鹿島は鉄の産地慶雲元年(七○四)に、国の司(つかさ)采女(うねめ)の朝臣が、鍛佐備(かぬちさび)の大麿らを連れて、若松の浜の砂鉄を採って、剣を造った。ここから南、軽野の里の若松の浜に至るまで、三十余里ほど、ここは皆松山である。伏令(まつほど...
第一集 香取海を巡る神々

香取海を巡る神々 4.鹿島神宮② 祭神タケミカヅチについて

御祭神は「武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)」とされるが 「鹿島神宮」の祭神は写真の様に「武甕槌大神」である。ところが、この名前が「鹿島」と関係して正史に現れるのは、承和三年(836年)の「続日本後紀」が始めてなのだ。「常陸国鹿島郡従二位...